Soul Navigator
SARY
Mikuriya Saori

「なんで生まれてきたんだろう」
「生きるってなんだろう」
—— ずっとそう問いながら生きてきました。
My Story/わたしのこと
ずっと苦しかった。得体の知れない不安感に苛まれていて、いつも怖かった。 名前の付けられない違和感のような、はっきりしない感情がずっとあった。 奨学金で大学に通いながら、20歳でローンを組んでヘアメイクスクールにダブルスクールした。そこまでして化粧品会社を受け続けたが、名の知れた大手は全部落ちた。 中小コスメメーカーの根性論だけの営業職でくすぶりながら、新卒の絶好のタイミングを無駄にした、こんなはずじゃなかったと思いながら働いた。 大きな会社で働きたい。結婚できる相手が見つかるような場所に行きたい。 そう思って製薬業界に転職した。 収入は上がった。ブランド物も買えるようになった。 傍らで銀座や北新地のラウンジでも働いた。 社会の表と裏を両方見た。愛もお金も、「真実とは何か」への不信感を募らせていった。 何をやってみても、会社を変えてもずっと満たされなかった。 どれだけ外側を積み上げても、内側の空洞は埋まらなかった。 絶望と不調和の中で、流れる水や揺れる炎をただ見つめるだけで涙が出た。 ヨガをしながら泣いていた。なぜ泣いているのか、自分でもわからなかった。 その感覚は、ずっと昔から知っていた。 誰に言われたわけでもなく、幼い頃から「自分がしっかりしなければ」と決め込んでいた。 九州男児で堅物の父、我が道を行く母、持病のある弟、花のように可愛い妹。 自分の存在価値を見出すのに必死だったのだろう。 本当は甘えたかった。相談したかった。 でもそれを言える相手も場所もなかった。 任せておけば大丈夫な子、 放っておいても自分でやる子、 全部自分で考えて自分でできる子。 そう思われることが苦しくもあり、でもその「信頼」を得ることが拠り所でもあった。 認められたいがために、自分の弱い部分は邪魔なものとなった。家や家族への安心感や信頼感を持つことはなかった。 そのマインドのまま、大人になっていた。 内側の自分と、外側の自分との不調和が限界まで来ていた。 精神崩壊寸前の状態となり、30歳のラスト3日でワーキングホリデービザを取り、31歳でドイツへ逃げた。 日本でフリーターをする勇気はなかったが、海外なら面目が保てると思った。 でも海外へ逃げても、自分からは逃げられなかった。 1年間で何も見つからないまま、期限切れで帰国した。 帰国後、ヨガを深める道へと徐々にシフトした。 学ぶほどに、ヨガに惹かれ、泣いていた理由が少しずつわかった。 インドへも数回渡り修行を重ねた。 棘上筋を損傷して腕がまともに上がらない状態でも、ヨガのために月単位でインドに暮らした。 ヨガスクールだけでは物足らず、大学院でインド哲学・サンスクリット語も学んだ。 両親の宗教対立を見て育ち、神様なんて絶対いない!と思って育った私が、よりによって神様ファーストの国の哲学を学ぶことになり、抗えない流れというものを少しずつ受け入れていった。 天パ・一重・吊り目・すきっ歯・アトピー・短足・ぽっちゃり・運動音痴…存在そのものがコンプレックスの塊のような自分が、人前に立ってヨガのレッスンをすること。 嫌々学んだドイツ語がドイツへの扉を開き、時を経てサンスクリット語研究の鍵になったこと。 全部が今ここへ向かっていたんだな、何かしら大きな流れの中に生き、やらされていたんだな。と思うようになった。 ヨガ哲学や、陰陽・中庸などの東洋の考えを学ぶことで精神性というものに重きを置くようになった。 心を磨いていればいつか報われると信じていた。 良い人生を歩みたければ、師に従うこと、本物から学ぶこと、鍛錬することだと疑わなかった。 タイマッサージを始めれば現地の最も伝統的な学校へ行き、また別の施術を始めれば、創始者に最も近い人から指導を受けた。 常に本物から学べている私は「間違いないはずだ」と信じていた。 でも、いつまで経っても豊かになれなかった。 どんどん赤字が膨らみ、ヨガの月謝も払えず、師の元に通えない日々が続いていた。師を想いながら練習を継続するも、実際に会えていない師とは気持ちの食い違いが生まれたていた。 私はもう師の生徒としてとわかった時、自分が信じていたものが、音を立てて崩れた。 もう全部、どうでもよくなった。 この前後から、導かれるように、マインドの世界に興味を持ち始めていた。 ヨガでもマインドを扱っているつもりでいたが、全然違う視点だった。 誰にも明かしてこなかった自分のことを、初めて人に話し始めた。 それまでは、口を開かず、自分と向き合うことが修行のスタイルだったから、自分のことを話す必要すらなかった。 それが自分にとって楽な方法だった。 恥ずかしい自分のこと、結果の出せない自分のことを話すのは抵抗があった。 でも話すうちに、少しずつ見えてきた。 苦しかったのは環境でも誰かのせいでもなかった。 幼い頃から無意識に設定してきた「しっかりしなければならない」「できない自分を見せてはならない」その思い込みが、ずっと現実を作っていた。 現状を甘んじて受け入れ、今の私は「この程度」だからこれくらいが私にふさわしいんだ。と「知足」という美徳を盾に、自分の欲求や願望に見てみぬふりをしていた。 自ら、Anantaという屋号をつけて活動していたにも関わらず、制限の中に身を置いていたのは他でもない自分自身だった。 そう気づいてから、人生は自分が思った通りになっていたんだと初めてわかった。 つまり、それが現実創造であり、私にも創造主としての力があったということ。 その上で、望んでもいい、やりたいようにやっていい、全部許可していい。 そう思えたら、世界が広がった。 できなければ聞けばいい、わからなければ相談すればいい、そんな簡単なことさえ、私は自分に許可をしていなかった。 そして、聞ける相手、聞ける環境としてふさわしい人や場所があることがどれだけ希望になるかと知った。 肉食を否定し、21時に寝て4時に起きて、多くを望まず献身的に質素な暮らしをするヨガ的な日々も楽しんでいた。 でも、本当はもっと稼ぎたいし、もっとおしゃれして可愛くしていたいし、楽して痩せたいし、イケてるパートナーと最高のパートナーシップ築きたいし、親孝行もしたい。もう随分前に諦めたつもりでいたけど、結婚も出産もできるならしたい! 本当は今の自分に全然満足していない。もっとやりたいこと、もっと叶う世界があるならそっちに行きたい! その想いに許可を出し、その世界線へシフトした自分を受け入れた。 ありのまま、自分のままで、全方位豊かになる現実をCreateしている。
Soul Navigatorとは
孤独も、絶望も、恥も、修行も、学問も、全部通ってきました。
だからこそ、純粋な魂と繋がることの大切さを実感しています。
しかし、
一人ではなかなか気づけない…
自我・自力でどうにかしようともがき、同じところに戻ってしまう…
視座高く信頼を持って支援してくれるナビゲートがなければ、今いるステージを抜けることができない…
私は長年、気合いとド根性だけの努力で当たって砕け続けてきて、もう限界でした。
ところが、マインド講座やコーチングを受け始めてからは半年ほどで、自分でも実感する変化がありました。
その経験を見比べても、他力が必要なことは明らかです。
答えはいつも、あなたの中にあります。
私はただ、そこへのナビゲートをさせて頂きます。
完全な安心と愛の中で、あなたの魂の本音へ。
Credentials/資格・経歴
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ヨガ系
全米ヨガアライアンス RYT500
インド政府公認 ヨーガインストラクター
Sharath Yoga Center 練習生(インド・マイソール)
ヨガ数秘学 Level3(プラクティショナー&ティーチャー)等
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コーチング
エネルギーシフトコーチング認定コーチ
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マッサージ・施術系
タイ政府認定校 タイ古式マッサージティーチャー
タイ政府認定校 フットリフレクソロジーティーチャー
国際メディカルセラピー協会 メディカルチネイザン認定講師
台湾美容技芸発展協会 かっさインストラクター
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エネルギー・ヒーリング系
現代霊氣ヒーリング協会師範 霊氣マスター
アクセス・コンシャスネス バーズ・プラクティショナー
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学歴・資格
大阪大学外国語学部卒
大阪大学大学院 インド学仏教学コース科目履修
元MR(医薬情報担当者)認定資格
中学校・高校教諭一種免許状














