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ずっと「今」に留まり続け、同じステージに居続けますか?
https://utg.spiproject8.com/p/S0g7tDoTMhWZ?ftid=RNV4Tvx5y3Fz ヨガや瞑想でも推奨されるように、 与えられている「今」に 感謝することは何より基本です。 でも「今」が満ちているだけでは、 自分はもちろん、お客様・生徒様にも 「今」しか見せて差し上げられず、 「その先は?未来は?」 という純粋な問いを 私はずっとはぐらかしてきました。 まじめに取り組んでいたら 「きっといつか向こうからやってくるはず」 だと思っていた 【豊かさの循環】は 黙っていても来なかった。 いつまでもお金に困り お金がないことで我慢することが増え、 お金がないことに蓋をするように ヨガや瞑想をして 今に集中することで 不安をかき消していた。 望むことは浅ましいこと。 あるものに満足するのが美しいこと。 そう言い聞かせて 真面目にコツコツ取り組んでも 誰も認めてくれない。 現状が良くならない。 仕事も恋愛も何もかもうまくいかない。 など、惨めな思いを本当は感じているのに、 今無いってことは 私が今やるべきじゃないってだけ
6 日前
違和感はチャンス。成長の証。魂拡大のタイミング。
違和感って、しんどい。 でもそれは、内側と外側が 合わなくなってきた証拠で、 チャンスでもある。 魂の望みがそこにはある。 元の世界に戻った方が 楽だし安心だとも思うけど、 でも、そうしたいわけじゃない という気持ちも同居する。 だから、苦しかったり 見動きが取れなくなったりして しんどい。 私の場合は、 自己犠牲の上で取り組んでいた ヨガの修練への価値基準を なかなか手放せない。 アーサナの練習をしない朝や、 それによって太ってきた自分や、 一歩引いてヨガ界をみている自分に、 まだめちゃくちゃ罪悪感を感じる。 自分を良く見せるために 練習していたんだなって 今では思うんだけど、 それでも、トレーニングを スキップすると自己嫌悪が残る。 自分が信じていたものを変えるって、 宗教を変えることのように難しくて 私は無信仰でありたいからと 肉体を動かすハタヨガ (アシュタンガヨガ)を選択したけど、 結局それを宗教のように 信じてきた節がある。 自分のために練習していたはずが、 気が付いたら、自己犠牲させていた。 そして、ヨガだけが正解じゃないと 体感し
7 日前
何があっても、何もなくても、大丈夫。生きてるだけで丸儲け。
立春だから、何かしなくちゃ。 イヤーナンバー1だから、何か始めなきゃ。 って、もし、 強迫観念でやってるなら 一旦落ち着いて。 何をしてもいいし、 何もしなくてもいい。 やりたくないなら やらなくていい。 暦に踊らされずに、 周りの意見に左右されずに、 自分の魂と対話をして。 身体の意見を聞いて。 その上で、使えるエネルギーは 全部使えばいいから 暦のエネルギーを利用するのもいい。 何をするにも、しないにも、 まず真実の自分と しっかりコネクトしておくこと。 大事なのはこれだけ。 (でもこれが出来なくて迷子になってるはず) テーマがないままライブをしても 結局着地がないままライブが終わっても 見てくれる人がいなくても 顔出しして一人喋りしてる自分を 恥ずかしいと思っていても 全部、大丈夫✨✨ どんな自分でも 大丈夫だと認知していくことが 自己信頼の一つ。 その認知の範囲を拡大させつつ 自分という存在の範囲を拡げていって どんどん自分を手放していくこと。 個人的には、 逆ベクトルを同時にやっている感じ。 自分を深く追求し、広げつつ薄めていく。 自力
2月4日
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