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大体、全部思い込み。その「常識」、本当?ドイツ暮らしで感じた自分軸の無さ

  • 執筆者の写真: Sary
    Sary
  • 2 時間前
  • 読了時間: 3分

自分が見ている世界のほとんどは、

思い込みで出来ている。


その最たるものが「常識」。


私は20代で数回転職しているが、

日本国内だけでも社員数 数千人規模の

外資系企業に勤めていた。


国立大学を卒業して、大手外資に勤務。

それだけ聞けば、まぁまぁ安泰。


…のはずが、私は人生に絶望して自主的に退職。

その後、1年間ドイツへ移住した。


ドイツで通っていた語学学校での自己紹介の時間。

そこで私は、面食らった。


初回のクラスで最初に聞かれる質問が、


「あなたの専門はなんですか?」


クラスメイトはみな成人で、年齢もバラバラ。

でも、皆それぞれ自分の専門を持っていた。


銀行勤めの人も、ただの「銀行員」ではない。

その中でさらに専門分化されていて、

皆それぞれの道を極めている。


とにかく皆、

《アイデンティティ》がはっきりしている。


自分の意見を持ち、はっきり話す。


個人的には、

「職業とアイデンティティが

きっちり結びついている」

という印象だった。


一方で私は、


「サラリーマン」大国日本出身の、

“ド”サラリーマン崩れ。


仕事はイヤイヤだけど、

黙っていてもお給料はもらえた。

大手だからボーナスも悪くない。


好きな仕事内容ではないけれど、

それなりだから耐える。


そんな状態で働いていた。

(そして壊れた。笑)


会社のネームバリューで仕事をしてきた私には、


「これが私」だと

自覚して確立したアイデンティティを

持っていなかったことに気づかされた。


職業教育の進んでいるドイツでは、

10歳ごろには、自分が何を専門としていくのか、

その方向に沿った学校のタイプを選ぶ。


日本のように

「とりあえず大学へ」

という、ふわっとした制度ではない。


日本では


目的も目標もないまま大学へ進み、

卒業後は

「お給料が良さそうな会社をとりあえず目指す」


そんな流れも珍しくない。


ドイツには


「総合職」という考え方もないし、

会社が勤務地や配属を決めることもない。


銀行員だった父も、

製薬会社の営業だった私も、

短いスパンで望まぬ転勤を繰り返してきた。


でも、専門性と関係性を深めていくドイツでは、

そんな働き方はあまり馴染まない。


「名刺の力=会社の力 > 自分」


会社が強ければ、

自分が何者かなんて考えなくても生きていける。


これは、後に開業してから気付いたことだが、

私は個人の能力で仕事をしていたわけではなく、

会社の名刺の力で仕事をしていた。


自分をできるだけ出さずに働くことが、

生き残るための最善策。


そんな風潮は、


日本だけのものかもしれない。

あるいは業界の問題かもしれない。

もしくは、私の中だけの

思い込みだったのかもしれない。


場所が変われば、常識は変わる。


高台に住むことが豊かさの象徴の国もあれば、

便利で安定した低地に住むことが

ステータスの国もある。


となると、

そもそも「常識」は指標として相応しいのか?


思い込みを通して世界を見ていて、

そのフィルターが現実を狭めているなら、

「思い込み=設定」自体を変えればいい。


「常識に当てはめて考える」のではなく、

「自分がどうしたいのか?」で考えること。


それが、結果的には

一番普遍的で理にかなっている。


でも、日本人にとって


「自分がどうしたいか?」


という問いは、案外難しい。


そもそも、

そんな問いを考える訓練を受けていないから。


今まで封じてきたなら、

今から開けばいい。


あなたの本音は何?


その最初の時間を、Terraceで。


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