綺麗事で世界を牽引する
- Sary

- 2 日前
- 読了時間: 8分

綺麗事ではうまくいかない。
いつしかそう思って
過ごすようになっていた。
20代は会社員をしてきた。
①化粧品メーカー
②CSO企業でコントラクトMR
③製薬メーカー
②の会社では、
大手製薬メーカーの中に入って
その会社の名刺を持って活動していた
4社のプロジェクトを経験した。
①以外は全部外資。
グローバルNo. 1の製薬メーカーにもいた。
抗がん剤1製品だけのメーカーもあった。
所属していた部門が切り離されて、
競合他社に吸収される経験もした。
輸入代行と比較される美容医療品にも携わった。
新規部門の立ち上げの時は、
超バブリーで予算バンバン、
当時まだまだ珍しかった
タブレットが部門全員に配られ
説明会のお弁当代も1人五千円まてOKだった。
一方、社内の他部門からは白い目で見られていた。
新人で固められた部門を
世話してくれる他部門の先輩はごく僅かだった。
何のメリットにもならない。
社内では、ただの目障りだった。
時代の流れもあり、その新規部門も
だんだん元気がなくなって来た。
トップの勢いも落ち、
どんどん質素になっていった。
トップの人たちはいい。
倍々ゲームでまた大手のトップに立つから。
でも、部門は無くなり、チーム解散。
ニッチだけど必要な人が必ずいるような
一つの製品だけで頑張る会社は、
そもそも予算がないし人手もないから
パッとしない。
天井が見えてるのでうだつがあがらない。
美容医療品は認可があることより価格が優先。
仕切価と納入価の問題が主だった。
アイライナーを売り歩いていた
化粧品会社時代に戻った気分だった。
良いリーダーがいる営業所は
現場の指揮は高くても
会社がダメだと、結局リーダーは宥め役。
もちろん
歴が長いだけもしくは見せ方が上手いだけの
クズリーダーの元ではできる社員も輝かない。
エビデンスベースド
カスタマーファースト
個別化医療と言いながら
自分がやっていることは
何かしらの嫌悪を飲み込んで、
誰かしらに頭を下げることだった。
素直で正直であれば叩かれる。
誰のなんのためにもならないなー、、、
と思うことも口にすれば損するだけ。
謎の反省文も書かされた。
(法律を学んだ友達に言わせれば違法)
綺麗事ではうまくいかないのが
大人社会なんだと感じていた。
生気も正気もなくなっていった。
目標は何?と聞かれても
会社に目指したいポジションなどなく、
でも、
結婚して退職して子供をたくさん産みたい
なんて目標を書けるわけもなかった。
つきたくない嘘もたくさんついて来て
愛想笑いもたくさんして来た。
鎧を纏うように
強がって、無理して、
環境も変えて、行動もして、
それでも上手くいかない自分の人生を
呪うようになっていった。
会社員として働くなら
何かを得るために何かに目を瞑りながら
無心で役割だけ遂行すること。
お金のための自己犠牲
といった感じだった。
30代を迎えたころ限界が来て
ギリホリで海外生活をしたり
夜職で暮らしている時期もあった。
自信も確信もないまま
コロナに押し出されて開業届を出すも
ビジネスに嫌悪感があり学んでこなかった私は
うまく経営することができない。
ヨガサロンを立ち上げたが
お客様を満足に呼べない。
いくら修行しても
いくら技術や理論・哲学を学んでも
お客様はぽつりぽつり…
また、鎧を纏い自分を責め、
そして生気を失うことを繰り返さないために
今度は修行に没頭した。
修行中は幸せだと勘違いできた。
でも、勘違いだった。
外向きのベクトルを
とことん自分に向けることで得られる
「無」や「空」の体感は、
「幸せ」とイコールではないと
認めざるを得なかった。
本当は誠実で
本当は優しくて
本当は繊細な自分もいる。
それすらも修行には不要だった。
自分の体を自分の体調を無視して
師匠の言う通り真面目にやってるつもりが、
長引く怪我をして、貧乏になっていった。
年月もお金も両方かけて、
私の中にある厳しい部分も優しい部分も
頑張る自分もサボる自分も
修行もしたいし、お金が欲しい自分も、
ぜーんぶ自分なんだな。
ぜーんぶ自分が創った現実で
ぜーんぶ思い通りになっていたんだな
と、認められた時
綺麗事を地で行く会社が目の前に現れた。
健康になるなら〜💖
綺麗になるなら〜💖
痩せられるなら〜💖
修行マインドから抜け、
お金を上に置くこともやめ、
欲にもOKを出せた私が
何も知らずに手を出したら
驚くほどクリーンで
人想いで地球想いな会社だった。
アメリカの経済誌フォーブスで
価格に対する品質・満足度が、
コストコに次いで第2位と
消費者からの評価をもらった会社。
ユニクロ、トヨタ、canvaより上位。
これは会社の大きさや売上じゃない
消費者からの評価。
愛用する会員からの
手渡しでしか辿り着けない会社。
会員であるエンドユーザーに、
とことん還元する会社。
それだけ会員のことを大切にしている会社。
ラインナップ豊富で
お悩みやライフスタイルに合わせて
好きな時に好きなものを買い物する、
高品質でローコストな製品を造り届ける会社。
会員さんもとにかくみんな人がいい。
ホスピタリティがあって
そしてみんなイキイキして美しい。
若々しさや綺麗さだけでなく
すごく優しいけど、
芯があって凛として、ポリシーがある。
そのポリシーが
会社のミッションと全員が全員、一致している。
そんな会社、初めてだった。
足ることを知る。
現状に見合ったことをする。
見栄を張らない。
ここまでなら修行と同じ
だけど、大きく輝く未来を同時に見せてくれる。
そしてスモールなステップでも
ただ「褒める」だけじゃなく
必ず「評価」してくれる。
これ結構大事だと思う。
自分のペースを守りたい人も
飛躍したい人も
どんな人のことも応援してくれる。
何も知らずに蓋を開けたらそんな場所だった。
ないと思っていた世界線があった。
LINEでの会話の中で友人がふと、
「さおりちゃんが出会いたかったものに
出会えたんだなって感じがある☺️」
と言ってくれて気が付いた。
Yogaに出会った時と、
近いような感覚があるかもしれない。
Yogaに出会った時は
「私でも生きてていいんだ」と思えた。
泣きながらポーズを取り、
泣きながら哲学を聞いていた。
この会社に出会った今は、
「私にも手助けができるんだ」という気持ち。
もちろん、
これまでのヨガやリラクゼーション施術でも
手助けをするつもりで、全力を尽くした。
でも、ずーーーっと続くお客様は稀。
セラピスト養成講座もやって
技術も哲学も渡したけど、
それだけでは立てない生徒さんもいる。
四の五の言う前にまずやってみろ。
有言実行ならぬ、不言実行が
常に私のスタンスではあるが
みんなができるわけではない。
ゴールを一緒に握らなかったこともある。
尚且つそもそもそんな
腹を括ってリスクを負ってまで
やりたい人など珍しい。
養成講座では、
稼げる手段を渡したつもりだったけど
環境は本人で作ってもらうだけだった。
そして本人も、それだけで食べれていない。
自分を超えるには、
修行なら時間や社会
ビジネスならお金
そこに置いている価値をまず超えさせる。
覚悟しないと変われないから、
人生をかけて修行するか
お金をかけて高額講座を買うか。
無償(に近い額)で奉公することで
お金以上のモノを得るか、
お金を得たいなら
1対1の単発商品だけでは
非効率だし先行き不安だし、
値段を下げて自分の価値を下げてはならないので
高額なバックエンドを用意するか。
思い当たる節は全部やった。
でも成功と思える結果は何も出せなかった。
高額講座も一人には売れた。
でもその人は支払いを心配していた。
私もそうだった。
自分を変えると覚悟して、
納得してお金を払ったけど、
問題返済も生活もある。
それだけでは立てない自分がいた。
失敗を何度繰り返し、
いつになったら上手く回るのだろう?
それまでまた失敗し続けなければ
ならないのだろうか?
その間の収入はゼロ…?
これからどうやって生きていく?
もし一生一人だったら?
一人でも生きていけるの?
年金も全く期待できるないよね?
そんな心配はやっぱり奥底にはあった。
いくらゴールの自分を臨場感高く想像しても、
そっちの自分で生きると決めても、
今、目の前の本音があるのも事実。
その本音を無いことにするのは、
修行の中でやってきた
自分を無視して師匠の言葉に従って無理して
治らない怪我をすることと同じ気がする。
私は、安心で豊かな世界でみんなと生きたい。
安心な世界を目指すのに、
不安なルートを通る必要はない。
誰もがありのままで輝ける、輝いている。
だけど、更に、もっと、輝くことも出来て、
人を支援する側に回ることもできる。
そんな人でありたいし
そんな環境を提供したい。
今ならそれが、
健康(体・心)
資産(経済・環境)
人間関係(家族・チーム・友人)
活動(時間・仕事)
あらゆる切り口から支援できる気がする。
そう思った時に、
開店休業状態にしていたサロンを
もう一度やり直したいと思った。
お客様と一緒に未来のゴールに向かって
施術に来られない間のケアもお伝えしたい。
もう一度、長期でお付き合いできる
関係構築を一からやりたい。
オンラインもオフラインも
一人ずつの対話もグループも
全部大事に育てるやり方が
あるような気がするという気持ちが芽生えて
今まで諦めてきた綺麗事を
とことんやってもいいんだ。
と、泣きながら書いたブログ。笑




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