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この1年で練習させられたこと ― ヨガ数秘学イヤーナンバー9 ―

  • 執筆者の写真: Sary
    Sary
  • 2025年12月29日
  • 読了時間: 11分

更新日:2025年12月30日



ヨガ数秘学では大きなサイクルが

9年周期で巡ると言われますが、

今年はその周期の最後の年。


次のサイクルへ向かう終わりのサイン、

あなたにもありましたか?


ヨガをして汗をかいたら

(108回太陽礼拝、3日に分けて取り組み中)

今年1年を振り返る気持ちが

ブワッと湧いたので書き記します。


————


今年は、自分とヨガとの付き合い方を通じて

生き方そのものを見直させられる一年だった。


前年の夏頃から引きずっていた腰痛が、

腰椎ヘルニアと坐骨神経痛となり、

激痛から始まった2025年。


練習復帰に向かっていた中で、

6月ごろ、長年慕っていた先生に

突き放されたような気持ちを抱いた。


————


練習の基本は、1日2時間×週6。

朝6時にはシャラに到着し、マットに立つ。


早起き苦手、運動神経も悪く、

手脚も短い私なりに、必死に頑張っていた。


夏は汗だくになりながら、

冬の朝は寒さに凍えながらの練習。

正直に言えば、達成感を得るために

練習していた部分も大きかった。


それも含めて、快感だった。


ヨガといえば

力を抜いてリラ〜ックス♪的な、

副交感神経優位な取り組みだと

印象をお持ちの方も多いと思うけど、

私の場合はきついハードな練習の中で、

交感神経が優位になっていく感覚もあった。


自分を目覚めさせ、開眼し

能力を最大限ひきだすぞ!!!って感じの。

(怖いねw)


————


3年前、練習中に1度目のケガ(肩・腕)をした。

その1ヶ月後、腕を満足に動かせないまま

インドで2ヶ月間の修行に入った。


帰国してリハビリを始め、

その翌年も1ヶ月間、再びインドへ。


2年かけてようやくリハビリを終えたと思ったら、

今度は腰と脚のケガ。


1度目の渡印以降、

生活はどんどん苦しくなり、

月謝を払うことも難しくなっていった。


ケガの影響もあり、ポーズはまったく進まない。

周りの人たちは、どんどん先へ進んでいった。


生徒仲間だと思っていた人たちが

アシスタントに抜擢され、

自分のクラスを持つようになる中で、

私は歯を食いしばりながら、

その羨ましさを飲み込んでいた。


その中で、私はポーズじゃなくて

哲学の方が得意かも?と、

インド学を学ぶために大学院にも通い始めた。


そんな中で、

先生へ月謝を支払えなくなり、

自宅で練習を続けるようになった。

インド修行も諦めた。


罪悪感と情けなさを感じながらも

いつも先生のことを思い浮かべながら、

ここ1.2年は一人で練習していた。


————


今年も夏に向けて気温も上がり始め、

ヘルニアの容態がやっと落ち着いてきた頃、

まずは週に1回から、

先生の元での練習復帰を始めた矢先。


大好きだった先生との関係が、

ガラガラと音を立てて崩れていくような

やりとりがあった。

自分の中で、何かが途切れた感覚があった。


お金が払えず、

レギュラーでは練習に行けない時期が

長く続いたけれど、

それでも離れられなくて、

なんとか繋ぎ止めたかった。


一人でもサボらずに練習していれば、

復帰したときに先生は気づいてくれる。

いつかは認めてもらえる。


そんな想いで続けていた、

片想いのような関係だった。


手放す。


そんな感覚だったと思う。

何をやってもしつこい私が、

この関係は無理なんだと

やっと自ら手を離せた。

という方が正しいのかもしれない。


————


そんな経験から間も無く、


・自分のステージを選べる

・望むままに欲していい


という考え方に出会った。


いや、最近出会ったわけじゃない。

多分ずっと、すぐそばにあった。

でも私が受け入れていなかった。


「あなたの望みは?」

と聞かれて、

大きな願いを描けない自分がいた。


「望んでいいし、叶えていい」

それは私にとって、とても新鮮な風だった。


新しく自己設定をし直していく中で、


どれだけ自分に我慢を強いてきたか、


どれだけ「認められたい」を原動力に

生きてきたか、


諦めたと割り切っていたつもりが

どれほど多くの未消化の感情を

抱え込んできたか。


そんなことを強く感じた、

今年の後半だった。


秋ごろから私の発信内容に

テイスト変わった?って思った人いたら

多分、設定変更を始めた頃かも。


————


やらないと太る。

やらないと認められない。

しんどくても行かなきゃいけない。

やっていれば、いつか認めてもらえる。

運動はしなければならないもの。

お金のための仕事をする。


私はいつも、不安や恐れを元に行動していた。


自分を律しているつもりで、

評価軸はずっと外にあった。


先生に従っていれば間違い無いんだと

自分自身に耳を傾けることより

先生の意向に沿うことを

優先していた。


本当は、3年前の練習中に

棘上筋を損傷したときから分かっていた。

いや、多分その前から。

その先生に出会う前から。


でも、怖くて手放せなかった。


伝統的なやり方や、

型通りでなければNGという文化は、

今の時代にも、これからの時代にも

合っていないかもしれない。


でも、中にいると気づけない。


頭では分かっていても、

どうしても比べてしまう。

自分は認められていない、

あの人は贔屓されている、と。


————


だから私は、環境を買った。

お金もないのに、

100万円を超える講座を

短いスパンで2つも買った。


思考や感情といった4次元に振り回される、

自分の小さなドームの世界を抜けて、

条件も前提も現状も関係なく、

「ある」世界から選んでいい。

そんな次元があると教えてもらった。


ヨガでも「すべては今ここにある」と言う。


でも私は結局、

「ない」をベースに考え、

不安や恐怖から逃れるために

限られた思考で選択してきた。


その結果が、2度の大きな怪我であり、

突き放されるような経験だった。


それは、ヨガをやめるということじゃない。

がんじがらめの立ち位置から

世界を創造することをやめる、ということ。


練習中だけハイになり、

最後の瞑想や休息ポーズの間だけ「無」になり、

練習後の爽快感で満足する。


日の出前、誰も起きていない時間に

体に鞭打って起きる。

できるだけ一番でシャラに行く。

行けなかった日は、

もっともらしい理由を考える。


すべて、認められるための行動だった。


そして、やっと行けたと思ったら、

レギュラーでない生徒には

アドバイスできないと言われる。


先生は意地悪で言ったわけじゃない。

それが美しい伝統だということも分かっている。

行けなかった自分が悪い。

お金を稼げない自分が悪い。


そうやって、お利口さんのふりして

いつも自分を悪者にしてきた。


他人から認められるために

自分を犠牲にし、

認められなかったときには

さらに自分を責めた。


私はずっと、

自分自身で自分を傷つけていた。


————


それは、自分が創った現実で

全て思い通りになってきたんだと、

高額講座に入ったことで、

ようやく直視することができた。


講座に参加するには勇気が要った。


でも、とにかく話を聞いてみたい。

抜けられるなら、この現状を抜けたい。


そんな想いで、

普段なら絶対にスルーする

個別セッションに申し込んでいた。


エネルギーシフトという講座に入ると、

6次元視点で神覚醒という、

さらに意味不明な世界が現れた。


それらの前には、

TUFTIという現実創造論を扱う

オンラインサークルにも入っていたし、


更にその前には、

宇宙人と生活しているという

作家で僧侶のコミュニティにも入ってみた。


どれもこれも見えない世界の話。

昔の私からすれば

アタオカな話だったけれど、抗えなかった。


月2万のヨガの月謝が払えないのに

どうして高額な講座代が払えるの?

って思うよね。


私も思う。笑


でもこれも、練習させられてたと思う。

自分よりお金を上に置かない練習。

それと抜けたいなら覚悟を決めるってこと。


お金って現代人が

一番引きずられやすいファクトだから

私もいつもお金のせいにして

ずっと自分に制限をかけて閉じこもってた。


でも、自分の狭いドームを抜ける決意を、

高額講座を購入するという行為によって

自分にも他人にも示したとき、


それまでの自分では

キャッチできなかった情報を

次々と受け取り始めた。


————


怪しい「見えない世界」の話は、

これまで全部切り捨ててきた。


ヨガをし、インドにも数回行き、

大学院まで通い始め、

哲学や宗教、学問の視点からも見てきた。

どれも、実体験と体感覚を大切にしてきた。


神は、いるのかもしれない。

大きな流れは、あるのかもしれない。

私の役目や、やるべきことに

自然と辿り着くのかもしれない。


そう思うようにはなっていても、

神頼みはしなかった。

自宅の氏神様がどこにあるかも知らなかった。


そして、

「今ここに全てあるなら

私にとって今が幸せである」

と言い聞かせて、

望むということもしなくなっていた。


でも、お金を出してアタオカな世界に触れ、

関わり続けることで、


自分と世界を全信頼すること。

条件なしに信じ、そして頼ること。


その言葉の意味を、

やっと自分の中に落とせた。


————


ヨガでは「今ここ」や「全部ある」

という教えだけでなく、

肉体やエネルギーや感情や思考は

自分自身ではないということも

教えてくれている。


(改めてヨガもインドもすごいよね。

紀元前には纏ってた話なんだから。)


でも結局、それも日常まで

落とし込めてはいなかったことがわかった。


朝日と共に練習をする生活をしている中では

自分が環境の一部であり、リズムがある。

ということは体感していた。


それでも、肉体の事となると

自分の細胞のことしか考えていなかった。


そして何より、

思考は自分自身ではないと知っているから、

だからこそ、思考には騙されないぞ!と、

自分をエゴの中に閉じ込める事で

結局、一番がんじがらめになっていた。


そんなことに気が付いていった。


でも同時に、

そこまで経験と学びを深めていたからこそ、

見えない世界の話を

受け取って理解できるんだろうと思うと、

ここまでよく頑張ったね。と、

自分を褒めてあげたくもある。


そして、なんだかんだで、

自分にもスピリチュアル能力が

あったことも認識させられた。

無意識だけど使っていた。


多分このブログを読んでくれるような人は

みんな見えない世界のエネルギーを

何かしらキャッチしていると思う。


————


自制と修行の方向性の勘違いに

気がついて反省した私は、


自分に無理をさせず、

視野を広げた状態で

好き勝手やってみた。


肉体のケアも、

自分の細胞だけでなく

他の共同生命体

(常在菌群:マイクロバイオーム)

のことも踏まえた腸育ケアを実際に始めた。



そして自分の体と魂と両方に

コミュニケーション取ってみる。

何をするにも今の本音を聞いて

それを叶えさせることを優先した。


とにかく、

無理しない、させない、

全部ある

何してもいい

何しなくてもいい。


そうやって1ヶ月半程過ごしてみた、ら。


結果、

ここ数年でMAXぽっちゃり。

うける。


(これはこの実験期間のせいだけじゃないけど)


この増量は、

今まで自分の身を削っていた分を

取り戻したんだな。って理解した。

本来こんなにふくよかなのに、

こんなに自らをすり減らしてたんだ、って。


やってみて納得した。

すっきりした。


太ってもいい。

ポーズができなくなってもいい。

どんな私でも、完璧。


ただ、好みはあるから、

好みの方には寄せていく。

さすがに少し痩せたいし、

ヨガの練習も、もう少しちゃんとやる。


「削る」じゃないやり方で。


————


2つの高額講座の合間に、

15万円ほどの講座も買った。


その講座は、

恐怖心を煽るセールスだと

分かった上で買った。


栄養学の講座。


この知識あればいいよなって

打算的な考えと、

今だけ割引、という言葉に、

不安から反応したと自覚している。


知識やお金を上に置いた判断だった。


そして、実際ほとんど観てない。

だって買う前から

この人の言い方あんまり好きじゃないなー

って思ってたもん。笑


やっぱり、不安からの行動は

良い結果を運ばない。


全部やってみて、気が済んだ。


不安と恐れを原動力にする

その立ち位置からは、

降りることにした。


どんな世界に立つかは、選べる。


————


私はもう、

何かを証明するためにヨガをしない。


認められるためでも、

足りない自分を埋めるためでもない。


世界は、

条件を満たした人に

与えられるものじゃなかった。


ただ、

自分がどこに立つかを

選び直すだけだった。


そして、一度選ぶだけでなく、

怖くなっても途中で降りずに、

選び続けること。


大体怖くなって降りたくなるんだよね。

経験がないこと、コンフォートゾーンから

離れていくことだから。


もっともらしい言い訳つけて。

それこそ「お金」とか「時間」とか言い始めて。


でも降りてもまた選べるから、

もしそうしても、大丈夫。


今年はそれを、

頭ではなく、

身体と現実で思い知った一年だった。


現実フル無視で、自分ファースト。

2026年はそんな世界のど真ん中を生きたいな。


ちなみに、9年前はいい歳して(31歳で)

ドイツでワーキングホリデー。

トップの画像はその時のワーホリVISA。


そこからじわりじわり、

誰かや何かのせいにする人生を

終わらせる道に進み始めたのよね。


この9年はそんな9年だったか〜。

新しい9年周期が楽しみ!


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